フリーランスの転職体験談・評判まとめ(91件)
フリーランスの入社・退職理由、職種傾向、前職からの遷移を91件の転職エントリ・退職エントリから可視化。登録不要で閲覧できます。
最終更新: 2025年10月
フリーランスには91件の転職体験談があります。退職理由1位は「キャリアの停滞感」。退職者の平均評価は1.6/5.0。入社理由1位は「独立・起業」。
フリーランスの転職データサマリー
退職者の平均在籍年数:5年
フリーランスの転職エントリ・退職エントリ一覧(91件の体験談)
フリーランスに関する退職・入社の転職体験談を一覧で表示しています。職種やソート条件で絞り込みが可能です。
91件の投稿
フリーランスのエンジニアとして働く中で、事業との距離感に課題を感じ、より腰を据えて事業に関わりたいと考え転職を決意。元同僚の誘いをきっかけに、丸井グループのDXを担うマルイユナイトのビジョンに強く共感し入社。大企業の安定基盤とスタートアップの自由度を併せ持ち、フィンテックと小売という事業アセットや、エンジニア組織をゼロから作れる環境に魅力を感じている。現在は小売領域のプロダクト開発を担当し、「好き」を応援する組織づくりに挑戦しようとしている。
フリーランスエンジニアとして、特定のドメインに深く関わり長期的にプロダクトを成長させる機会の少なさに課題を感じ、転職を決意。チームで自社プロダクトを成長させた経験にやりがいを感じていたため、事業成長への貢献を実感できる環境を求めた。転職先として、自社開発であり、チームワークと挑戦を重視するカルチャーに共感したフクロウラボを選択。入社後も期待通りのオープンな環境で、今後はプロダクトと事業への理解を深め、チームに信頼されるエンジニアとして成長していくことを目指している。
新卒で商社に入社後、IT知識への危機感からエンジニアへ転身。AIベンチャー、フリーランスを経て、縁あってエクスプラザに業務委託として参画した。同社での「裁量の大きさ」や「挑戦できる環境」に強く惹かれ、元々志向していた上流工程やマネジメントへの挑戦機会を得るために、より深くコミットできる正社員としてのジョインを決意。メンバーの人柄の良さや、安心して意見を出し合える組織カルチャーも入社の決め手となった。今後はエンジニアリングとマネジメントの両面でチームと事業に貢献していく意欲を示している。
任天堂でニンテンドーDSの開発者として18年間勤務。しかし、上司からのパワハラや濡れ衣を着せられるなどの理不尽な環境に長年苦しみ、同僚の自殺や鬱による休職も多発していた。心身ともに疲弊し、働く気力を失ったため退職。現在は特定の企業に属さず、東南アジアと日本を往復しながらブログやYouTubeで情報発信するセミリタイア生活を送っている。
創業初期から10年半在籍したfreeeを退職し、独立。マーケティングから始まり、労務やプロダクトマネージャーなど幅広く経験し、新規事業の立ち上げに貢献。会社や環境には非常に満足していたが、入社時に決めた10年という区切り、40代を前にしたキャリアチェンジへの思い、そして育児と両立しながら執筆活動に注力したいという個人的な事情から退職を決意。今後は執筆業を軸に活動していく。
一般社団法人デザインシップでカンファレンス事業部長として約4年間勤務。しかし、経営陣とのコミュニケーション問題やガバナンス不全が原因で心身に不調をきたし、最終的には不当解雇された。労働審判と裁判を経て和解が成立。退職後は特定の企業に属さず、PM兼デザイナーとしてプロジェクトに参加するほか、eSports関連の活動や休学していた大学の卒業を目指すなど、個人の裁量で活動している。
Google News LabのTeaching Fellowとして日本のメディア業界におけるデータ報道の普及に貢献。書籍出版やツール開発など個人でも精力的に活動。会社の方針で同役職がクローズされ契約終了となり、これを機に独立を決意。フリーランスとしてビジュアル作成ツールの拡充、2冊目の単著執筆など新たな挑戦を計画している。
24年半勤続したサイボウズを退職。同社での多様な経験を通じて得た成長と会社への深い感謝を語る。一方で、長期在籍者ならではの「ミッドライフクライシス」やキャリアの転機についても考察。最終的に、能登半島地震をきっかけに新たな道を選択し、被災した能登に移住。今後は都会と能登を繋ぎ、復興支援のための拠点作りという新たな役割に挑戦する。
編集者・ライターとして約3年間在籍した会社を退職し、フリーランスへの転身を決意。現職ではサイト立ち上げを任されるなど仕事内容や人間関係に満足していたが、恋人との別れを機に価値観が変化。会社員としてフル出社で働く時間的制約に疑問を感じ、執筆や趣味など自分のやりたいことにより時間を使いたいという思いが強まった。退職後はフリーランスとして現職の業務も一部継続しつつ、新しい仕事や海外での活動も視野に入れている。
5年8ヶ月在籍した川崎市消防局を退職し、フリーランスへ転身。消防士として人の生死に直面した経験から「人生は短く、やりたいことを今すぐやるべき」という価値観の変化が生まれ、時間と場所に縛られない働き方を求めて決断。今後はライターやマーケターとして、消防士時代と同様に「人を助ける」という理念をビジネスの領域で実現していくことを目指している。
4回の転職経験を持つ筆者が、ビズリーチ社での業務ミスマッチから1年未満で退職し、フリーランス期間を経てアイブリー社へ入社した経緯をまとめた記事。フリーランスとして働く中でキャリアの停滞感を感じ、転職活動を再開。占い師からの助言で「高い目標」と「尊敬できる人」を転職の軸に設定した。その軸に基づき、アイブリー社の「work is fun」というビジョンと、社員の熱意に共感し入社を決意。現在は認知向上プロジェクトで経験を活かしている。
ライター・編集者として株式会社Daiに約3年間勤務後、フリーランスとして独立。会社は社員の自主性を尊重する良い環境であったが、27歳を機に自身のキャリアを見つめ直し、若いうちに自分の力を試したいという思いが強まった。会社への不満ではなく、より自由に「ワクワクするコンテンツ作り」を追求し、自分の力で成果を出す生き方への挑戦が独立の理由。今後は記事制作を主軸に活動していく。
資生堂でコピーライターとして勤務していたが、家族2名の介護(ダブルケア)が深刻化し、会社員としての時間拘束のある働き方との両立が困難になったため退職を決意。会社には一時的な介護支援制度は整っていたものの、介護を抱えながら長期的なキャリアを構築する道筋がないことに課題を感じた。今後はフリーランスとして、介護と仕事を両立できる新しい働き方を模索しながら、コピーライターとしての活動を継続していく意向。
フロントエンドエンジニアとして約4年間在籍したOneSmallStepを退職。業務委託からスタートし、スタートアップメンバーとしてSNS開発やDXソリューションなど多様なプロジェクトに携わった。Vue.jsからReact/Next.jsまで幅広い技術経験とマネジメントスキルを習得。退職理由は述べられておらず、フルリモートで挑戦を歓迎する文化や素晴らしいチームへの感謝が綴られている。今後は業務形態を変更し、パートナーとして引き続き同社を支援していく。
大企業からスタートアップのoViceへ転職し、広報として約3年半勤務。フルリモートかつ多様な国籍のメンバーが集う刺激的な環境で、0→1フェーズの貴重な経験を積んだ。会社の方向性の変化や社外活動の増加を機に、本格的なデジタルノマドを目指すことを決意。会社員という働き方への違和感からフリーランスへの転身を決断し、今後は特定の職種に縛られず、自身の興味に基づき新たな仕事に挑戦していく。
薬剤師・コンサルを経て入社したスタートアップのカケハシで6年間、開発・CS・マーケティング・コミュニティマネージャーと多様な職務を経験。特にユーザーコミュニティの立ち上げと運営に尽力し、天職と感じるほどのやりがいを得た。一方で、スタートアップ特有のチームでの働き方に苦しみ、孤独を感じる時期もあったが、上司や同僚の支えで乗り越えた。自身の強みと興味を掛け合わせた『コミュニティ×音声コンテンツ』の可能性を探るため独立を決意。独立後も業務委託でカケハシのコミュニティ運営に関わり続ける。
30代男性が、スキルシェアサービス「ストアカ」のマーケティング責任者として5年強勤務した後、フリーランスに転身した事例。前職への不満ではなく、副業を通じて視野が広がった経験から、より多くのベンチャー企業に関わりたいという思いが強まったことが主な動機。子供に多様な働き方を見せたいという個人的な思いや、キャパシティの限界を感じたことも背景にある。現在は複数のスタートアップで社会的意義の高い事業のマーケティング支援を手掛けており、将来的には法人化も視野に入れている。
内閣府で期間業務職員として6年間勤務した後、作家へ転身するために退職。準国家公務員という安定した立場であったが、霞ヶ関の独特な文化や心を無にしてこなす業務に精神的な疲弊を感じていた。コーチングや文章教室での学びを通じて、文章で他者に喜びを提供したいという思いが強くなり、身体からのサインをきっかけに退職を決意。経済的な安定はないものの、今後は地元の生涯学習センターでの講座やオンラインでの執筆活動を通じて、作家として自己実現を目指す。
フリーランスのUIデザイナーとして活動後、特定のプロダクトにフルコミットしてより深く貢献したいという思いから正社員への転職を決意。転職活動では「社会へのインパクト」「メンバー間のリスペクト」「プロダクトへの愛」「自身のバリュー発揮」を軸とし、子育てとの両立のためフルリモート・フレックスも必須条件とした。これらの軸に合致し、チームの課題や事業への思いを率直に伝えてくれたAsobicaに魅力を感じ入社。入社後はデザインチームの雰囲気の良さやMVVの浸透を実感しており、事業貢献に向けて意欲を燃やしている。
新卒から8年間デザイナーとして在籍したLINEヤフーを退職しフリーランスへ転身。会社は働きやすく待遇にも満足していたが、ワンオペ育児と仕事の両立に困難を感じ、フルタイム時のパフォーマンスを出せない自分への葛藤やキャリアの停滞感が募った。子供の待機児童問題が決め手となり、子育てとのバランスを最適化するため独立。
38歳で8年以上続けたフリーランスとしての働き方に、長期的なキャリアの停滞感を覚え、会社員に戻ることを決意。自身の「分断を調和にシフトさせたい」という思想と、コミューン社の代表が掲げる「マーブルチョコ」の世界観が合致したことが決め手となった。社員の雰囲気やコミュニティへの想いにも共感し、自身の経験を全て注ぎ込める環境だと感じてジョイン。フリーランス研究家からコミュニティ研究家へと役割を変え、新たなキャリアをスタートさせた。
10年間フリーランスとして活動したWeb開発者が、個人での開発規模や責任領域に限界を感じ、キャリアの停滞感から企業への転職を決意。自社でLLMを開発する高い技術力や事業の将来性、そしてDevRelという新しい役割への挑戦を受け入れる柔軟な文化に惹かれ、AIスタートアップのストックマーク株式会社へプロダクトエンジニア兼DevRelとして入社。技術と組織の両面に魅力を感じており、今後はDevRelとして組織と業界への貢献を目指している。
フリーランス(法人化4年)として安定した収益と柔軟な働き方を実現していたが、成長の停滞感(このままでいいのか病)を抱くようになった。自己の成長のため、他者と深く関わり挑戦できる「ストレッチゾーン」を求め、会社員への転身を決意。マネーフォワードは、デザインとビジネスを探求でき、多様な事業形態でキャリアを模索できる環境である点に魅力を感じ入社。組織のリソースを活用し、デザイナーとして事業をリードしていくことを目指している。
28歳の筆者が、note株式会社での2年半の勤務を経てフリーランスへ転身。退職の主な理由は、個人的に実現したいことがあり、そのために仕事の時間をより柔軟にコントロールできる働き方を求めたため。note社への不満はなく、退職後も取引先として良好な関係を継続する円満退社。
囲碁業界からプログラミングを学びエンジニアへ転身。その後、フリーランスとして活動する中で、育児との両立に課題を感じていた。特に、前職のチームでは育児中のメンバーが自分だけで、子供の看護などで休みを取る際に心理的な負担があった。そんな中、モダンな技術に強く、情報発信が活発な「ちょっと株式会社」を発見。フルリモート・フルフレックスといった柔軟な働き方に加え、育児中のメンバーが多く在籍し、心理的安全性が高い環境であることに強く惹かれ、入社を決意した。
NTTグループの保守専門のひ孫会社に10年間勤務した37歳のエンジニアが、フリーランスとして独立した事例。9年間NWエンジニアとして監視業務に従事する中でキャリアに限界を感じ、AWSエンジニアへ転向。1年間でAWS12冠を取得するなどのスキルを身につけ、フリーランスのクラウドエンジニアとして新たなキャリアに挑戦することを決意した。エリート層ではない保守人材のリアルなキャリアチェンジとして語られている。
noteでiOSエンジニア兼リーダーとして3年4ヶ月勤務。アプリの機能改善やチーム再建に貢献したが、正社員としての目標設定や評価制度に疲れを感じ、キャリアの停滞感を覚えるようになった。また、副業と両立する中で個人開発や学習の時間が不足していることにも課題を感じていた。フリーランスとなり、インプットとアウトプットの時間を確保しながら今後のキャリアを模索することを決意。
新卒でTBSテレビに入社し、制作、法務、配信戦略と多様な部署を8年間経験。並行してバンド「Penthouse」の活動を行い二足の草鞋を履いていたが、バンドの規模拡大に伴い、双方の業務で100%の成果を出せない状況に陥った。コンテンツ作りの最前線で自身を成長させたいという思いもあり、一度バンド活動にリソースを集中するために退職を決意。円満退社であり、今後は音楽活動を主軸にキャリアを築いていく。
日本経済新聞社に28年間勤務した記者が、円満退社しフリーランスへ転身。在籍中は記者や編集委員、ニュースキャスターとして活躍し、特に最後の3年間は自身が提案したYouTubeチャンネル運営で裁量とやりがいを感じていた。退職の決め手は、「もっと色々やってみたい」という内なる探求心と、糸井重里氏からの「ほぼ日の學校」への誘い。今後は会社の枠を超え、個人のYouTubeチャンネルや執筆活動など、経済分野にとどまらない多岐にわたる活動に挑戦する意向を示している。
株式会社YOUTRUSTで約2年半、広報から人事責任者までを経験。業務を通じて自身の興味が広報単体よりも「ヒト・組織」の領域にあると気づき、体系的な学びの必要性を感じた。家族の海外移住も重なり、フルタイム勤務との両立が困難と判断し、退職を決意。今後は大学院で専門知識を学びながらフリーランスのPR/HRとして理論と実践を往復するキャリアを歩む。将来的には「経営×コミュニケーション」を専門とすることを目指している。
株式会社YOUTRUSTに社員2人目のビジネスサイド責任者として入社し、後にCOOとして約4年間、事業と組織の立ち上げから成長期までを牽引。会社が大きく成長する中で、自身の得意分野やスキルと、会社が求める役割との間にミスマッチが生じ、バリューを発揮できていないと感じるようになった。会社に迷惑をかけたくないという思いから退職を決意。今後は、以前からの目標であった起業を見据え、フリーランスとして独立。これまでの経験を活かし、シリーズA〜B前後のスタートアップ支援を行いながら、自身の事業を模索していく。
3年4ヶ月在籍した受託開発会社を退職し、フリーランスエンジニアへの転身を決意。退職の主な理由は、会社の方針転換により希望するソフトウェア開発業務から離れる可能性が高まったこと、実務での開発経験不足によるキャリアへの強い焦燥感、そして心身の限界を感じるほどの仕事上の心労。小規模な受託開発が多く、部分最適化の実装にモチベーションを見出せなかったことも要因。今後はフリーランスとして、多くのユーザーに価値を届ける汎用性の高い開発経験を積み、自身の市場価値を高めていくことを目指している。
LINEでの経験を経て「当たり前になるサービスを作りたい」という思いからラブグラフへ転職。プロダクトマネージャーとして入社し、組織再建や事業成長に尽力。後にCXOとして採用、教育、コミュニティ運営などユーザー体験全般を統括した。在籍4年後、経営方針の変化への不適応やストレス性障害を機に、自身が会社の成長の妨げになると判断し退職を決意。現在は独立し、プロのコーチとしての活動やウェルビーイングに関するテーマを探求しながら、次の挑戦を模索している。
前職を退職後、個人事業主として活動していたが、より大きな挑戦を求めて転職活動を開始。複数の企業と話す中で、株式会社10Xにソフトウェアエンジニアとして入社を決めた。現在は同社のプロダクト『Stailer』のデータ基盤開発を担当しており、データを整備する初期フェーズから関わっている。未経験の技術領域に挑戦しつつ、今後のデータ活用に大きな期待を寄せている。
サイボウズに6年間在籍し、営業やマーケティング、広告企画など多岐にわたる業務で実績を上げた。同社を「日本一働きやすい」と高く評価し、裁量権の大きさやオープンな組織風土、尊敬できる同僚に恵まれた環境に深く感謝している。退職は会社への不満からではなく、自身が代表を務める株式会社すきだよの経営にフルコミットし、家族やパートナーシップに関する社会課題の解決に専念するという前向きな決断によるもの。円満退職し、独立の道を選んだ。
クックパッドに新卒デザイナーとして約4年半在籍し、多様な開発業務や採用活動等を通じて多くの経験を積んだ。社内での業務に満足していたものの、外部からの魅力的な誘いや、フリーランスとして多様な環境で働き価値観を広げたいという思いが強まり退職を決意。これは会社への不満ではなく、働き方自体を変えるための前向きな選択。現在はフリーランスとして複数社と契約し、UIデザインや開発など幅広い業務に挑戦している。
グラフィックデザイナー/アートディレクターとして約4年間在籍したHANDSUM inc.を円満退職し、独立。同社は自由で居心地の良い環境だったが、その環境に安住してしまうことへの危機感や、リモートワークに慣れフリーランスに近い働き方が可能になったことが独立への後押しとなった。数年前から考えていた独立を実行に移す形となり、今後はフリーランスとして活動していく。
長年フリーランスのプログラマとして活動後、業務委託で関わっていたE2Eテスト自動化サービスを運営するAutifyへ正社員として転職。フリーランスへの強いこだわりはなく、フルリモートで子育てと両立できる柔軟な働き方が可能なこと、そして会社のカルチャーや事業内容に魅力を感じて入社を決意。入社後は、会社員としての会議や評価業務の多さに驚きつつも、自動的な昇給、英語学習支援によるスキルアップ、自社サービス開発の技術的な面白さなど、多くのポジティブな変化を実感している。
シード期のタイミーに1人目のバックエンドエンジニアとして3年間在籍。0→1開発から組織拡大まで幅広く経験し、ジェネラリストとして大きく成長した。しかし、業務負荷から体調を崩したことを機に自身のキャリアを見つめ直し、「生涯ソフトウェアエンジニアとしてより良い課題解決を続けたい」という思いに至る。特定のドメインに縛られず、課題解決の幅を広げるため、多様な技術やドメインに触れられるフリーランスへの転身を決意した。
ピクシブ社に約3年半、WebディレクターやPdM/CMとして在籍。個人で運営する文芸Webマガジンの収益化に見通しが立ったこと、そしてライター業へ本格的に挑戦したいという思いから、個人事業主として独立することを決意。また、5年間の会社員生活で感じた精神的な疲労から一度休息を取りたいという気持ちも退職を後押しした。会社での多様な業務経験には感謝しつつも、自身のキャリアとライフスタイルを優先するためのポジティブな転身。
新卒から5年間LINEでPdM・プロダクトマーケティングを経験。副業コラムニストとの両立で多忙になり、執筆業に専念するためフリーランスとして独立。
教育プラットフォームを提供するClassiで広報リーダーとして3年2ヶ月勤務後、パラレルPRとして独立。企業広報として安定した環境で多様な経験を積んだ一方、広報以外のマネジメントや調整業務が増え、本来の専門性に集中できない状況に課題を感じていた。今後は自身のビジョンである「社会をよくするPR」を追求するため、複数のソーシャルベンチャーやNPOを支援する働き方を選択した。
Webディレクターとして約4年半在籍したLIGを退職し、フリーランスへ転身。LIGではマネージャーまで経験し、やりがいのある環境だったが、「会社を好きであり続ける努力」が困難になったことや、自身の年齢・キャリアを考えた結果、新たな挑戦を決意した。退職理由は複合的なタイミングによるもの。現在はフリーランスとしてWeb制作の枠を超えたブランディングやサービス設計を目指しつつ、「株式会社いいオフィス」にプロジェクトマネージャーとして参画し、事業開発にやりがいを感じている。
システム業界で10年間勤務したピープルソフトウェア株式会社を38歳で退職し、「会社員を卒業」。在籍中は、尊敬できる上司や組織の団結力に恵まれ、会社自体に強い不満はなかった。一方で、過去には「デスマーチ」によるうつ病も経験。退職の最大の理由は、会社への不満ではなく、40歳を前に会社員という生き方から外れ、将来を見据えて様々なことに挑戦したいというポジティブな動機から。今後はフリーランスとして自由なスタンスで活動していくことを決意した。
就職氷河期に竹書房へアルバイト入社し、約20年間在籍。編集者から始まり、漫画のDTP化、電子書籍事業の立ち上げ、雑誌創刊、そして経営危機に陥った会社の事業再生まで手掛けた。上司が育てる文化はないが、自ら動けば大きな挑戦ができる「野武士集団」のような社風。泊まり込み作業など労働環境は過酷だったが、青春のような熱狂もあった。会社の立て直しに目処がついたことを機に、自身の将来を見据え「次の冒険」に出ることを決意し、退職した。
Webマーケターや人事責任者として約6年間在籍したa-works社を退職し、フリーランスのキャリアカウンセラーとして独立。大手からベンチャーへのキャリアで得た学びや、自身の病からの回復経験、そして『対1人』を好む自身の特性を活かし、『たくましく強く生きる人を増やす』という目標を掲げている。前職には強い感謝の念を示しており、ライフステージの変化と自己実現のためのポジティブなキャリアチェンジである。
テレビ東京にアナウンサーとして5年間勤務し、スポーツ、報道、eスポーツなど多岐にわたる業務を経験。会社への感謝や楽しい記憶がある一方、局の方針で外部のゲーム実況案件が受けられなくなったことをきっかけに退職を決意。「オタクを極めたい」という自身の情熱を追求し、コンテンツ領域への関わり方を広げるため、今後はフリーランスとして活動しながら早稲田大学ビジネススクールでMBA取得を目指す。
新卒でサイボウズに入社後、5年間マーケティングや編集業務に従事。会社の肩書きに依存しない個人の力をつけたいという思いから複業を始めるが、働き過ぎで心身のバランスを崩す。会社の柔軟な制度を活用し週3勤務に移行するも、次第に「会社員」という枠組み自体が自分の求める自由と合わないと感じるように。会社のマネジメントから離れ、より柔軟に活動するため、フリーランスの編集者・ライターとして独立を決意。退職後も業務委託として良好な関係を続ける、ポジティブな卒業となった。
CerevoからShiftallでの8年間、広報や営業、クラウドファンディング、商品企画サポートなど多岐にわたる業務を経験し、大きく成長。しかし、現状に満足せず、新しい世界や別の業界に挑戦したいという思いが強まり、退職を決意。次のキャリアとして、ミスマッチのリスクを避け、より良い出会いを期待して、まずはフリーランスになることを選択した。今後は特定の職種に縛られず、面白い製品やサービスを盛り上げるサポート業務など、幅広い活動を志向している。
50代のエンジニアが、約2年間在籍したアマゾンウェブサービスジャパンを円満退職し、長年の目標であった起業を実現するためフリーランスとして独立。退職理由は会社への不満ではなく、自身のキャリア目標を達成するため。AWSでは技術的にも人間的にも優れた同僚に恵まれ、非常に有意義で刺激的な時間を過ごしたことに深く感謝している。今後はフリーランスとして活動しつつ、将来的にはエンジニアの育成事業を立ち上げることを目指す。
株式会社ドワンゴに約8年間在籍し、ニコニコ静画担当から開発部署の部長、グループ会社でのディレクター職などを歴任。後半は出向が多く、社内での立場が不明確になる状況もあった。退職理由は明確に語られていないが、「嬉しいこと・腹の立つこと・悲しいこと・楽しいこと」の積み重ねの上で、現状維持よりも新しい道に進むことに魅力を感じたためとしている。退職後はフリーランスのストリーマーとして活動する予定。
デザイナーとして約5年間在籍したペライチを退職し、フリーランスへ転身。組織の成長と共にリーダーやマネージャー職も経験したが、会社が安定期に入ったこと、そして自身はプレイヤーとして挑戦したいという思いが強くなった。プライベートの変化も重なり、より自由な働き方を求めて退職を決意。会社へのネガティブな感情はなく、むしろ感謝の念を述べている。今後はフリーランスとして幅広い分野で力を発揮していく意向。
新卒で5年間在籍したVOYAGE GROUPから、「個人開発で生きていく」という目標を実現するためにフリーランスへ転身。在籍中はWebエンジニアとして、手厚いレビュー文化や多様な部署での経験を通じて大きく成長できたと会社を高く評価している。会社への不満ではなく、個人の目標を追求するための前向きな退職であり、今後はフリーランスとして働きつつ個人プロダクト開発に注力する。
新卒でブロックチェーンソーシャルメディアを開発するALISに入社し、約1年3ヶ月フロントエンドエンジニアとして主にNuxt.jsを用いた開発を担当。優しい人が多くメリハリのあるアットホームな職場環境で、AWS活用やOAuth実装など幅広い経験を積んだ。一方で、個人開発への意欲が高まり、フリーランスへの転身を決意。今後はフリーランスとして活動しつつ、これまでできなかった個人開発にも注力していく予定。引き続きALISを応援していく姿勢も見せている。
カカクコムにデザイナーとして3年半在籍し、主に価格.comのデザイン・フロントエンドを担当。福利厚生や会社員としてのメリットに満足しており、ネガティブな退職理由はなかった。しかし、ステップアップとフリーランスへの憧れから退職を決意。婚約を機にキャリアを見直し、夫からの後押しと尊敬する人物との仕事の機会を得て、フリーランスへの転身を果たした。会社への満足度は高かったものの、個人のさらなる成長と挑戦を優先したポジティブなキャリアチェンジである。
DMMにサーバサイドエンジニアとして約1年在籍。デスマ状態のリプレイス案件を経験し、プロジェクト管理や組織体制に課題を感じた。リリース後はスクラムマスターを務めるも、組織改善を目指した部署異動が叶わず、他にやりたいことを見つけられなかったため退職。フリーランスとしてOSS活動や個人サービス開発を予定。
ゲーム会社ドリコムにQAエンジニアとして2年2ヶ月在籍。上長に相談して自らQAエンジニアの業務を開拓するなど、やりたいことを実現させてもらえる恵まれた環境だった。しかし、副業やリモートワークが禁止されており、会社に縛られずより自由に自身のキャリアを形成したいという思いから退職を決意。今後はフリーランスとして活動し、複数の企業と関わることでスキルアップを目指しつつ、柔軟な働き方を実現していく。
Supershipでデザイナーとして勤務していたが、会社の注力事業と自身の強みであるサービス開発・UX/UIデザインとの間にミスマッチを感じ、バリューを発揮しきれていないという思いから退職を決意。ものづくりへの強い欲求も退職を後押しした。今後はフリーランスとして、これまでのデザイン案件を継続しつつ活動していく。前職は福利厚生が整った働きやすいホワイト企業だったと高く評価している。
広報・PR担当としてジオコードに約12年間勤務した筆者の退職エントリー。記事内では具体的な退職理由は語られていないが、「働きがいのある会社」として外部メディアに取り上げられるなど、良好な労働環境であったことが示唆されている。退職後はこれまでの経験を活かし、フリーランスとして活動していく意向を示している。
リクルートに約6年在籍したプロダクトエンジニアの退職記。起業失敗後の武者修行の場として入社し、新規事業立ち上げ、レガシーシステム改修、チーム立て直し、データ基盤構築など困難な業務を経験。優秀な同僚に恵まれ大きく成長したが、マーケット感覚を養い個の力を高めたいというキャリア志向の変化から独立。
ゲーム会社Aimingで2Dデザイナーとして約4年間勤務後、フリーランスへの転身を決意。スキル不足による精神的な落ち込みと多忙による体調不良を経験したこと、そして自主制作や副業への情熱が高まったことが主な理由。会社は副業に理解があり、キャリア形成や人間関係にも恵まれていたが、自身のやりたいことと、ゆとりのある生活を優先するため独立という道を選んだ。
前職の給与が年収300万円未満と非常に低いことに気づき、キャリアアップを目指して以前から興味のあったドワンゴへ転職。フロントエンドエンジニアとして大規模システムの運用経験を積み、優秀な同僚に囲まれ成長できる環境だと感じていた。しかし、自身の能力不足からチームに貢献できなかったという悔いを抱え、最終的にはうつ病の悪化により約1年で休職。休職期間満了に伴い自然退職となった。今後は療養を優先しつつフリーランスとしての活動を検討している。
DMMのインフラチームのマネージャーとして4年半在籍。入社当初は裁量権が大きく失敗を許容する文化の中で様々なプロジェクトを推進し楽しんでいたが、組織拡大に伴い人間関係が悪化し心理的安全性が低下。納得感のないトップダウンの組織変更が行われ、最終的に所属部署がなくなり会社都合退職。退職後はフリーランス的に活動。
約3年間フリーランスとしてRuby on RailsやReactを用いたWebアプリ開発とDevOpsに従事。案件は豊富で見聞も広がったが、フリーランス特有の目に見えないデメリットが気になり一つの組織に腰を据えたい思いが強まる。転職ドラフト経由でDeNAから指名を受け、条件に納得し共通基盤部でDevOpsを担当。
約3年間フリーランスのWebエンジニアとしてRuby on RailsやReactを用いた開発とDevOpsに従事。案件に困ることはなかったが、フリーランスの目に見えにくいデメリットが気になり、腰を据えたい思いが強まり転職ドラフト経由でDeNAに入社。共通基盤部でk8sとAWSのDevOpsを担当。
デザイナーとして株式会社FOLIOに2年間在籍。知人の誘いをきっかけに入社し、iOSアプリ立ち上げやリブランディングなど多様なプロジェクトに関わり、独立の武器となる貴重な経験を得た。会社のフェーズが変化し、自身の貢献度が下がったと感じたこと、また20代後半のキャリアプランを考えた結果、フリーランスとして独立することを決意。今後はデザインを通じて様々な人の役に立つことを目指している。
デザイナーとして約2年半在籍したFOLIOを円満退職し、フリーランスとして独立。在籍中はサービス開発、採用広報、オフィスデザインなど多岐にわたる業務を任され、大きな成長を実感。退職は会社への不満ではなく、「自分自身のデザイナーとしての働き方」を自問自答した結果、特定の組織に属さず、より広く様々なプロダクトに関わる道を模索するための前向きな決断。今後はフリーランスのデジタルプロダクトデザイナーとして活動していく。
10代からWebサービスを作り20歳で起業、4回のM&Aを経験した後にメルカリに参画。組織の急成長や多様なプロジェクトを経験し「すごい会社」と評価しつつも、キャリアが一巡したと感じフリーランスへ転身。今後は起業・スタートアップ支援・個人投資家として5〜10年スパンで活動する意向。
スタートアップのラブグラフで2年間リードエンジニアとして勤務。1人エンジニアの時期を経験するなど開発から経営まで幅広く貢献し、スキルアップを実感するも、自身の幸せを考え直し退職を決意。サービスやビジョンには共感しており、会社自体への感謝を述べつつも、組織体制や経営の課題、待遇面での厳しさも示唆されている。退職後はフリーランスエンジニアとして、時間やお金に余裕を持ちながらスキルを磨く予定。
約4年間在籍したスマートニュースを退職し、フリーランスのライター・編集者として活動を開始。退職の主な理由は、会社員としての業務よりもコンテンツの「作る側」に注力したいという気持ちが強くなったため。前職は子育て中の女性にとって非常に働きやすく、同僚にも恵まれた「大好きな会社」だったが、自身のキャリアとして専門性を深める道を選択した。まずはフリーランスとしての適性を見極める「お試し期間」と位置づけており、今後の働き方を模索していく意向。
株式会社アイリッジに10ヶ月在籍後、フリーランスへ転身。転職の主な理由は、多様なプロダクトや開発者に触れることで、自身の開発力をさらに磨きたいという思いから。また、年齢的に様々な会社を経験するなら今しかないという考えや、会社組織に所属する働き方が自身に合っているかを確認したいという意図もあった。前職はこれまでで最も居心地の良い職場だったと評価しつつも、キャリアの可能性を広げるために独立の道を選んだ。
35年間勤務した博報堂を50代で早期退職し、ライフワークである「ニュータウン」に関する活動へ専念することを決意。退職理由は会社への不満ではなく、自身の活動と会社員の二足の草鞋に限界を感じ、自分のミッションに集中するため。個人の活動を許容してくれた博報堂の自由な文化には深く感謝しており、今後は研究、執筆、発信といった活動を通じて長年のテーマを追求していく意欲を示している。
groovesでRailsエンジニアとして開発環境の改善に貢献し、快適な環境で業務を行っていたが、その快適さが逆に技術的挑戦の機会の少なさやキャリアの停滞感に繋がり、退職を決意。より柔軟な働き方、高負荷な環境での技術力向上、福利厚生や年収といった待遇面の改善を求め、まずはフリーランスとしてgroovesの業務を継続しつつ、他社での活動も模索する意向を示している。
新卒で3年半勤務したWebマーケティング会社のベーシックを退職。職場環境や人間関係には恵まれ、多くの学びがあったと感謝を述べている。退職理由は会社への不満ではなく、30代を前に自身のやりたいことと向き合った結果、高校時代からの夢であった世界一周の旅に出ることを決意したため。今後は旅をしながら、これまでのWebディレクターとしての経験を活かして個人で働くことに挑戦し、自分らしい理想の人生を追求していく。
株式会社エイビットで10年間、ソフトウェア開発から部門長、マネジメントまで多岐にわたる業務を経験し、仕事内容には非常に満足していた。しかし、元々抱いていた「10年経ったら新しいことを始める」という目標と、現状に安住することで成長が止まることへの懸念から、組織の枠を超えた挑戦を決意。特定の転職先は決めず、初心に戻るためフリーランスとして活動を開始する。
14年半勤めた任天堂を「好きだけど」退職し、フリーランスのデザイナーとして独立。会社や仕事内容、人間関係には満足していたが、父の介護という個人的事情と、将来を考えゲーム業界以外のデザインにも挑戦したいという思いが強まった。また、大企業特有の出社義務や副業禁止、会議の増加といった「サラリーマンの縛り」へのストレスも退職を後押しした。自身のキャリアとライフプランを見据え、独立という道を選択した事例。
新卒で4年間在籍した富士通にて、事業の不安定さや専門スキルが身につかないキャリアへの危機感、長時間労働前提の評価制度、時短勤務による給与・評価低下に不満。育休中に始めたブログ運営で会社員以上の収入を得たことを機にフリーランスとして独立。
Incrementsで約2年間、Qiita:Teamの開発や技術基盤整備に携わったソフトウェアエンジニアが、個人開発により多くの時間を投じるために退職し、フリーランスへの転身を決意した事例。会社への不満ではなく、個人プロダクトでの成功体験から、より自由な働き方を求めたことが主な理由。今後は週0.5〜3日程度のリモートワークを探しながら、個人での開発活動を本格化させる予定。
エン・ジャパンに9年1ヶ月在籍し、求人広告のコピーライターやWebメディア編集者として多様な経験を積み成長。上司や同僚に恵まれ、仕事内容にも満足していた。しかし、家族の出来事をきっかけに「地方の魅力やメッセージを発信する」という新たな目標が生まれ、よりその活動に注力するためフリーのライター/エディターとして独立を決意。円満退社であり、退職後も業務委託としてエン・ジャパンとの良好な関係を継続する。
Increments社にフロントエンドエンジニアとして在籍していたが、特定のプロジェクトが終了すると手持ち無沙汰になるなど、社員としての働き方と自身のスキルセットにミスマッチを感じていた。Qiitaというサービス自体には愛着があったものの、自身のスキルを最大限発揮できる環境を求め退職を決意。短期間・スポットで専門性を活かせるフリーランスという働き方が最適だと考え、独立した。
約10年間Google/YouTubeでAdSenseやYouTubeビジネスの収益化支援に従事。極東地区YouTuberビジネスの責任者を務めたが、会社の大企業化に伴い業務がシニアマネジメントへと変化。自由で創造的なチャレンジを求め、最初で最後のチャンスとして独立を決意。YouTubeコンサルや複業に取り組む。
出版社から未経験でLIGに転職し、Web編集者として1年2ヶ月勤務。裁量権を与えてくれるリーダーやチームに恵まれ、メディア運営や個人のブランディングで大きな挑戦と成長を実感した。会社への不満はなく、むしろ感謝しているが、「ライターを軸に、もっと多様な挑戦がしたい」という思いからフリーランスへの転身を決意。今後は書くことを中心に活動の幅を広げ、海外居住の夢も叶えながら、人の心を豊かにするものづくりを目指す。
約4年半在籍した株式会社プラグラムを円満退職し、フリーランスのITエンジニアとして独立。在籍中は受託開発から始まり、自社サービス「スマレジ」の立ち上げからコア機能(取引周り、WebAPI)の開発、アメリカ進出まで、短期間で非常に濃い経験を積んだ。退職理由は明確に述べられていないが、新たな働き方への挑戦として独立を選択したとみられる。退職後も前職とは業務委託で良好な関係を継続する予定。
受託開発企業で約3年半プログラマーとして勤務。技術的な裁量権が大きく自由に働ける環境で成長できた一方、相談相手がいないことによる孤独感やキャリアの停滞感、零細企業であることへの将来不安を感じていた。より刺激的で優秀なエンジニアと働ける環境を求め、特定の企業に縛られないフリーランスへの転身を決意。まずはクラウドワークスに常駐し、身軽な立場で経験を積むことを目指している。
12年間コンサルタントとして在籍したアクセンチュアからフリーランスへ転身。転職元は、成果主義で自由度が高く、会社員として最高の環境だったと高く評価。しかし、同社が推進するグローバル資本主義経済のシステムや、それによって生まれる不自然なライフスタイルに強い違和感を覚えるようになったことが退職のきっかけ。転職後はフリーランスとして鎌倉に移住し、農業やヨガサロン経営を通じて、自然と調和したオルタナティブな経済・生活システムの構築を目指す。自身の価値観に基づいた生き方を追求するための転身。
前職でのスキルセットや職場の閉塞感への懸念から、多様な人材が集まるKLabへ36歳で転職。約10年間、ソーシャルゲームのヒットや上場など会社の急成長を経験し、マネージャーやデータ分析基盤構築など多岐にわたる業務に従事した。優秀な同僚に囲まれ、変化の激しい環境で刺激的な日々を過ごした。退職後はその経験を活かし、フリーランスのエンジニアとしてスタートアップを技術的に支援する新たなキャリアを歩んでいる。
東芝で約4年勤務後、自分で手を動かす仕事を求めてDeNAに転職。しかしソーシャルゲームへの疑念やスキル・英語力の不足でモチベーションが上がらず約1年で退職。その後フリーランスの翻訳者として独立し、技術職の経験を活かして産業翻訳で活動中。
未経験からエンジニアとしてフェリックスに3年間在籍。OJTや手厚いサポート、サーバーサイドからFlutterアプリ開発、プロジェクトリーダーまで多様な経験を通じて成長を実感。会社やチームに不満はなく、恵まれた環境だったと高く評価している。しかし、数年後のキャリアが安定して想像できてしまうことに物足りなさを感じ、「変化や先の見えないワクワク感」を求めて退職を決意。特定の企業へは転職せず、フリーランスとして独立し、自分のやりたいことに挑戦していく道を選んだ。
Webディレクターとして5年間在籍したCINRA社からの退職記録。同社では個人の裁量が大きく、Web制作からイベント企画まで多岐にわたる業務を通じて成長できたと、感謝と尊敬の念を語っている。退職は会社への不満からではなく、30歳という節目に、会社の枠組みでは難しかった小規模な案件や、より深く音楽領域に貢献したいという前向きな理由から。今後はフリーランスとして独立し、音楽PR企画を行うGerbera Music Agencyに本格的にコミット。身軽さと裁量権を活かし、自身の価値観に合った仕事に挑戦していく。
プログラマーとしてサブスレッド社に約6年間勤務後、30歳を節目にキャリアプランを再考し、フリーランス活動を開始。ただし、完全な退職ではなく、会社の柔軟な理念のもと、週数日はサブスレッド社で働き続けるダブルワークという形態を選択。会社への不満はなく、円満な働き方の変更である。フリーランスとしては、技術書の商業出版や知人からの仕事を受けるなど、新たな挑戦を始める。
Androidアプリエンジニアとして株式会社リーディングマークに勤務していたが、担当プロジェクトの終了を機に、よりプロダクトに密接に関わる働き方を模索するため退職を決意。35歳という節目もあり、正社員という枠組みから外れ、フリーランスとして活動を開始する。退職後も前職とは週1の業務委託契約を継続しつつ、週1〜4日で新たな仕事を探している。
フリーランスに関する転職相談ならこのエージェント
企業データを分析し、最もマッチするエージェントを選定しました
よくある質問
転職体験談は信頼できますか?
フリーランスの転職体験談はどのくらいありますか?
フリーランスの退職者の会社への評価はどうですか?
フリーランスの退職者の職種で多いものは何ですか?
フリーランスの退職理由で多いものは何ですか?
フリーランスへの入社者の職種で多いものは何ですか?
なぜフリーランスを転職先として選ぶのですか?
フリーランスでのキャリア成長は期待できますか?
フリーランスの働きやすさ・ワークライフバランスはどうですか?
フリーランスの給与・待遇や職場環境はどうですか?
フリーランスの職場の雰囲気や社風はどうですか?
フリーランスへの転職難易度はどの程度ですか?
フリーランスからの転職でおすすめのエージェントは?
フリーランスとよく比較される企業
転職DB上の閲覧傾向や転職事例をもとに、比較検討されやすい企業を表示しています。